2017年3月11日土曜日

「がんばります!」

先日の水曜日から喘息で入院となった次男。

ずっと私が付き添っていたのだけど、退院まで24時間付き添いは、体力の問題も、仕事もあるし無理だなと。
金曜の夜に「預かり」にしてもらって、夜は帰ることにした。

前の日の夜に話してあったんだけど「なんでママのお布団がなくなるの?」「お家からお布団持ってきて!」「ママと別れるの寂しい!」と号泣すること30分。
その日はもう無理だと、テレビを見たりしてその話はやめに。

日中、私が夫や義母と代わって数時間外へ行くだけでも、怒ったり泣いたり。

で、帰る日。
帰る前の30分で、やはり号泣。
「やだやだやだぜったいやだ!」「ママなんで帰るの?」「ぼくはいつ帰れるの?」などなど。
「離れてても、心の中で名前呼んでるから、返事してね」「夢の中で会いにきて」などあの手この手でなだめる。
帰る少し前になって涙を必死にこらえ
「ぼく、ぼく、がんばります!!!!」とでっかい声で叫んだ。
感動した! なんて頑張る子なのだ。
「あと5回寝て、退院するとき、先生に『さようなら』って言う!!!!」
最後の宣言はなんだかわからないものの、そのまま涙をこらえて横になり、目をぎゅっとつむって寝ようとしていた。

話して理解することにもびっくりしたし、「がんばります」宣言にも驚いた。

入院中も、マスクは嫌がっていたけどこの歳の子にしてはおとなしく付けてくれているようだし、薬を嫌がったのは見たことないし(初めての看護師さんは驚く)、なんだか我慢強い子なのかなと。

その我慢している様子を、見逃さないように(当たり前と思わないように)しなきゃなと思うのでした。察するのが割と苦手なので、あまり自信ないけど。

2017年1月7日土曜日

勝敗は関係ない

何より勝負ごとの好きな長男がとつぜん言い始めた。
「俺さ、わかったことがある」
しばし沈黙。私の好きな話題な気がする。
「何なに、聞きたい」
「ええとね、なんていうか、ドッジボール、あるじゃん。俺さ、勝っても負けても関係ないと思う」
負けてもいいの?
「負けてもおんなじだよ」
なんで?
「どっちも成長するから」

わかる、わかるぞ息子よ。
彼の中では何か哲学的なものが渦巻いており、それをうまく言葉にできないだけなのだ。
・・・と、思いたい。

2016年9月27日火曜日

我が子は繊細であり、激情型である

我が長男は、繊細である。
「繊細」という言葉を使うと親バカみたいだけど、まあ、親バカは特に否定しない。

もう6歳になって、本当に大変だった頃のことをずいぶん忘れてしまっていた。

ゲームに負けると、本気で怒って泣く。殴る。
やりたいことがうまくできないと、怒って泣く。殴る。
「できてない」「間違ってる」なんて言おうものなら(以下同じ)。
親しい人(親とか)に対しては怒りを出すけど、それほど親しくない先生なんかには怒れないので、涙だけになることも。

「○○していい?」と聞く日々

2歳3歳くらいの頃は、大人が勝手にいろいろやってしまうと、怒る。自分でやりたいから。
誰かが右を左に動かしただけで、自分の意図ではないと怒る。
それはどの子も一緒なんだけど、たぶん長男は怒りのレベルがひどかった。
怒った後の収拾が付かない。

だから私はいつしか息子のお世話をする際「○○していい?」と聞くことが癖になる。
「牛乳空けていい?」
「牛乳入れていい?」
「お肉切っていい?」
「ふりかけかけていい?」
キミのおせわだっちゅうに! なぜ許可を得なくてはいけないのか。

あまり意識していなかったんだけど、保育園や幼稚園の先生に何度か聞かれた。
「ご飯の時間なのに『食べていい?』『お茶飲んでいい?』って、全部聞くんです」
これは! 親が虐待していると思われかねない発言。
「ママに聞かないとダメなの!」みたいな。

息子はもともと心配性ではあるんだけど、親的には許可を取らないと怒るようなことはしていない(と思う)ので、親の真似をしてそうなったんだと思われる。
普段どんだけ許可取ってるんだよ、自分、と思った事件だった。

怒り泣き叫んだ金魚すくい

金魚すくいデビューは、ポイの紙がそこそこ頑丈だという良心的なお店で、何匹か釣れて万々歳。
「うまくいかなかったら怒り出すにちがいない」「そうなったらどうすればいい?」とかなりドキドキしながら望んだけど、何とかクリアした。
「ぼくすごい?」「うん、すごいね、うまいね」と言えることに心底ほっとした。

問題は、翌年だった。

昨年うまくできたのを覚えているから、期待値が大きい。
一緒に行ったお友達(6歳年上)は上手にたくさんすくっているのに、自分はそうでもない。
いくつかゲットできたのに、それでも満足できない。
2~3回くらいやったと思う。

「もう終わりにしよう」「やだー!!!やるー!!!!!!!」
喉が弾けてしまいそうなほど、張り裂けるような声で、叫び続ける。
阿波踊りのお祭りの最中に、少し横に入った路地で、雨の中叫び続ける。
一緒に行った家族はどん引きだし、道行く人で「うち、金漁飼えないので要りますか・・・?」とくれようとする人まで(「いや、金魚が欲しいわけではないので」と丁寧にお断りする)。

ここで彼の熱意に負けてしまうと、今後もずっと「駄々をこねればやらせてもらえる」と思ってしまう。
だからもう1~2回やらせても同じことが後ろに伸びるだけだ。むしろ長くなる。

最後には、泣き疲れてしまったんだったかな。
覚えていない。そして彼が怒り出したときの必勝法がない。

殴り倒されたパパ

何の拍子に怒り出したのかよく分らない。何か怒り出した、放っておくと誰彼かまわず殴る。
だから、パパがぎゅっと抱きしめて落ち着けようとした(よくやる)。
そうすると、パパの手がふさがっていることをいいことに、頭をポカポカ殴る。子どもとはいえ、相当痛い。

自転車で坂道

補助ありだけど、自転車でちょっとお出かけした。
私は電動なので、上り坂でもスイスイ行く。
息子はそうはいかない。だけど、絶対自力で坂道を上りたい。
もちろん、上れない坂道もある。
途中で止まったら、大人だってムリだろう、という坂道。

真夏の炎天下。絶対に上りたくて、諦められなくて、泣き叫びながら上ろうとする。
「○○したほうがいいんじゃない?」
なんて言おうものなら罵詈雑言が飛んでくる。
全然進まないのに、叫びながら、道行く人に振り返られながら、近所の人の迷惑になりながら、やり続ける。
たぶん、30分~1時間くらい。
最後には、体力がなくて頭も回らなくてヘロヘロになり「むりだあ〜」と言った。

いまは?

今は怒ることはずいぶん減った。
2歳の次男がわがまますぎて、それをよく耐えてくれている。
怒りにまかせる、ってことは本当に減った。兄になってから成長した。
だけど、傷ついたときには泣く。やっぱりまあまあ怒る。それは残っている。

ちなみに次男は、怒ったときは無表情で(長男は怒りの形相になるので正反対)、ものを投げたり落としたり壊したりする。
何かがプツーンと切れるみたいだ。彼もいろいろ耐えている。ただ、ものを壊すな。
でもその後ケロッとしている。
数分経たずに「ママごめんね~」と泣きながら言ってくる。長男とは資質が全然違う。

話を戻すと、そんな乱暴な子どもに悩んでいる人があまりいなくて
(Yahoo!知恵袋とか見てもあまり同じケースがないし、親が悪い、という結論もけっこうある)、
ずっと乱暴に育ってしまうんじゃないかとすごく怖かった。
でも、ちゃんとりっぱによい子に育ってくれて(まだまだ道半ばだけど)、
本当に頑張ってきてよかった、って思う。本当に大変だったからね。

だけど彼の性格や特徴であり、なくなったわけではないので、
その情熱とか喜怒哀楽とか繊細さとかを、今度はいろんなことに活かしてくれるといいなって思ってる。

2016年8月16日火曜日

小一男子の揺れる思い

小学生は、面白い。
人間のきれいごとではない姿が赤裸々に現れている。

いなくてよかった

小一の長男が、
「今日A君がお休みだったんだけど『Aくんいなくてよかったね』ってB君が言ってた」
という。ただ、それだけ。
事実を言うだけなんだけど、一日にたくさんのできごとがあった中で私にそれを話すというのは、なんか思うところがあったんだ。
「ふーん、どう思う?」
「俺は、いなくてよかったなんて思わない」
「だったら、そう思っていればいいんじゃない」
ちゃんと考えてくれれば、それでいいかな。

飽きる

「なんかさあ、同じ人とばっかり遊んでると飽きるよねえ!」
「いろんな人と遊べばいいじゃん」
「でも、いつも同じ子が遊ぼうって言ってくる」
「じゃあ、他の子も誘えば?」
「そっかー、そうする」

普通でしょ!

「WONDER」という本を読んで、

(生まれつき顔に障害のある男の子が、中学校へ通い始め、いいことやいやなことがあるという話)
長男が「どんな話? 教えて教えて!」と言うので、いろいろ説明した。
「学校で、オーガスト(主人公)に触っちゃった子が『なんとか菌』って言って付けあったりするんだよ」
「それ、普通でしょ!(笑)」
母としてはショックだけど、まあ子どもなんてそんなもんだろう。
「うーん、オーガストはどんな気持ちだと思う?」
「え、やな気持ち」
「そうだよねえ」
「長男君がそんなことされたどう思う?」
「え、悲しい」

虫の死

虫を絶対に殺さないように指導するのが、教育だと思っていた。(蚊は叩くけど・・・)
でもあるときどこかで読んだか、聞いた。
「今の子は虫も殺さない。でも私たちが子どもの頃は虫を殺した経験があるから、それで命のなんたるかを自分で考えるきっかけになった」
ひとまず「殺さないで」とは言うけれど、そういう経験がのちのちに生きることってある。

私も、アリの巣の入り口をことごとく潰して回ったことがあった。
大人になってからも、ずっと覚えている。
夢中になって楽しかったというのもあるかもしれないけど、その時にアリの生活を考え、自分の残酷さと向き合った大きなできごとだったんだと思う。
(今になって思えば、入り口をふさぐぐらい、アリにとっては大したことないってわかるけど)

だから、「こう振る舞うのが正解です」と頭ごなしに教えるんじゃなくて、自分の心の内にある残酷さや利己や快楽などをちゃんと見つめて欲しいなって思うわけです。
まだ「正しい振る舞い」をよく知らないから、スタンスがまだゆらゆらしていて、それがなんとも愛おしいなと思う日々です。